がん予防は「特別な食品」の摂取ではなく「毎日の積み重ね」

国立がん研究センター研究所 分野長 増富健吉先生インタビュー
〇がん研究者も、お酒を楽しんでいる?
「先週も肝臓病学の専門医ばかり4人ほどで飲みに行きましたが、誰一人『休肝日をつくらないと』『今日は飲み過ぎだから控えよう』なんて話はしませんでした。」
そう笑いながら話すのは、長年、がんや肝臓疾患の研究に携わる増富健吉先生です。
一般には、「肝臓の専門家なら、お酒はほとんど飲まないのでは…」と思われがちです。
しかし先生によれば、専門医の仲間たちも、おいしい料理とお酒を楽しみながら食事をしており、「これを食べたら健康」「これは避けよう」というような話になることはほとんどないようです。もちろん、それは健康を軽視しているという意味ではありません。むしろ、先生が強調するのは、「健康は一つの食品で決まるものではない」ということです。「『これを食べたらがんを予防できる』『これを食べなければがんにならない』という食品はありません。大切なのは、毎日の食生活の積み重ねです。」今回は、がん研究の第一線で活躍する増富先生に、「がん予防と食生活」について伺いました。
Q:そもそも、がんの要因について教えてください。
がんは、ある一つの原因だけで起こる病気ではありません。遺伝的な体質や加齢、生活環境など、自分では変えることが難しい要因に加えて、喫煙や飲酒、食生活、運動不足、体重、ウイルスや細菌による感染など、さまざまな環境要因が重なって発生すると考えられています。
日本人を対象とした研究では、男性のがんの43.4%、女性のがんでは25.3%が、喫煙や飲酒などの生活習慣、あるいは感染に関連して発生したと推計されています。つまり、がんの発生には、自分では避けることのできない要因がある一方で、日々の生活の中でリスクを減らすことができる要因も少なくありません。
特に、たばこ、お酒、食生活、身体活動、体重の5つの生活習慣は、がんの発生と深く関係しています。また、日本では肝炎ウイルスやヘリコバクター・ピロリ菌、ヒトパピローマウイルス(HPV)などの感染も、がんの重要な要因の一つです。
ただし、生活習慣に問題があれば必ずがんになるわけではありませんし、健康的な生活を送っていれば絶対にがんにならないということでもありません。大切なのは、がんは体内の環境も含めた環境要因が複雑に関係して起こる病気だと理解したうえで、自分で変えられる要因については、できるだけリスクを減らしていくことです。特定の食品や一つの習慣だけを原因として考えるのではなく、生活全体を捉えることが重要です。
Q.がんにならないための予防法はありますか?
「これをすれば絶対にがんにならない」という予防法はありません。しかし、これまでの研究から、科学的根拠に基づいて、がんになるリスクを減らす方法は分かってきています。
国立がん研究センターでは、日本人を対象とした研究から、「たばこ」「お酒」「食生活」「身体活動」「適正な体重」の5つの生活習慣に、「感染予防」を加えた「5+1」を、がん予防の基本として提唱しています。
具体的には、たばこを吸わない、他人のたばこの煙を避ける、お酒は飲み過ぎない、偏りのない食生活を心掛ける、日常生活の中で適度に体を動かす、太り過ぎ・痩せ過ぎを避けて適正体重を維持することです。さらに、肝炎ウイルスやヘリコバクター・ピロリ菌、HPVなど、がんにつながる感染についても、検査やワクチンなど適切な対策を取ることが重要です。
実際に、こうした望ましい5つの生活習慣を実践している人は、ほとんど実践していない人と比べて、将来がんになるリスクが男性で43%、女性で37%低かったという研究結果も報告されています。
がん予防に近道や特効薬はありません。「この食品を食べればがんにならない」といった情報や、特定のサプリメントだけに期待するのではなく、毎日の生活習慣を少しずつ整え、それを継続していくことが、科学的に最も確かな予防につながると考えられています。

Q. がん予防と食生活には、どのような関係がありますか?
食生活は、がんが発生しやすい環境をつくる一つの要因にはなります。例えば肥満は、がんのリスクを高める体内環境要因の一つです。肥満につながる食生活を続ければ、その環境をつくることになります。だからといって、『○○だけ食べれば大丈夫』という話ではありません。よく、納豆が良いと聞けば、納豆がスーパーから消えたりしますよね。それは、日本人の情報リテラシーの低さにも起因していますが、日々の体づくりはそんな簡単なことではないのです。
Q. 健康のために、一番意識すべきことは何でしょうか?
まず基本になるのは食事ですが、その中でも意識すべきは、三大栄養素です。タンパク質、糖質、脂質。このバランスが何より大切です。健康情報では、ポリフェノールやリコピンなど特定の成分ばかり注目されますが、それ以前に体をつくる栄養素をしっかり摂ることが重要です。
Q. 特にタンパク質を意識されているそうですね。
私は普段からタンパク質を意識しています。例えば、タンパク質を多く含む食品としては、鶏のささみや胸肉、マグロの赤身などがあります。しかし、それでも100g当たりのタンパク質の量は約25g程度です。体重50kgの人が運動をして十分なタンパク質を摂ろうとすると、毎日かなりの量を食べる必要があります。だからこそ、毎日の積み重ねが大切なのです。
Q. 豆乳は、タンパク質の摂取という点からはどのように考えればよいでしょうか?
豆乳の価値は、植物性タンパク質を手軽に摂取できることだと思います。豆乳にさまざまな機能を期待するよりも、『毎日のタンパク質補給』として考える方が、本来の価値が伝わるのではないでしょうか。

Q. 健康情報との付き合い方で気を付けることはありますか?
日本人は健康情報に振り回されやすいと感じます。『○○が体にいい』『△△が話題』という情報だけで飛びつくのではなく、本当に必要な栄養を、毎日の食事でバランスよく摂ることが大切です。一つの食品や一つの成分に期待しすぎないことが、健康への近道だと思います。
昔、C型肝炎の治療薬としてインターフェロンが話題になった頃、テレビ番組で『キャベツにはインターフェロンに似た物質が含まれている』と紹介されたことがありました。
すると、実際に入院中の患者さんが病院食とは別にキャベツを大量に食べ始めたのです。
でも、薬の代わりになるほどの量を食品から摂ろうと思ったら、それはとても現実的ではありません。食品と医薬品では、含まれる量も働きもまったく違います。
それなのに、『○○を食べれば治る』『○○を食べれば予防できる』と信じてしまう。こうした健康情報への過度な期待は、とても危険だと思っています。
Q. 今年も酷暑ですが、夏場の健康管理で気をつけたいことはありますか?
暑い時期は、水分補給だけではなく、タンパク質もしっかり摂ってほしいですね。
血液中のタンパク質、とくにアルブミンは血管内の水分を保持する働きがあります。
また、筋肉は体の『貯水タンク』でもあります。普段からタンパク質を摂り、筋肉量を維持することは、熱中症対策という意味でも大切だと考えています。
出典:国立研究開発法人国立がん研究センター「がん情報サービス」
https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/evidence_based.html
